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昨日、「へんろみち保存協力会」の「活動、情報交換会」に参加させてもらった。
2年くらい前に、パンフレットで会員を募集していることを知って会員になった。
今回、初めて会に参加させてもらった。

そこで、ナント、観自在寺からの中道や野井坂遍路道、松尾峠など整備してくださった、愛南町の大森さんにお会いすることができた。中道はこの春のお遍路で行こうとしたが、残念ながら、道標を見落として大岩道にも行けなかったところだ。

大森さんには、行く前にお電話でいろいろと教えていただいていた。今回お会いすることができて感激。
次回、絶対に行きたい。まだ倒木などがあるが、行けないことはないらしいが、とても個人で
処理できるものではないと言われていた。

また朗報を聞いた。保存強力会ではこの秋に新しく地図編の第12版が発刊される予定らしい。

平成標石も、宮崎さんが100基建てられたが、今度101基目を建てる計画があるようだ。
サントリー地域文化賞の報奨金があてられるらしい。

また、行政札のことや世界遺産化の話題も出ていた。
会には参加した人が少なくて少し寂しかった。県外の方が多いということもあるかもしれない。
保存強力会はなくてはならない存在なので、これから、少しずつでも会員も増えていったらいいと思う。

会はセキ印刷の方がされている。道標を掛けたり、道の整備にも行かれていると聞いた。
本当にありがたい。

遍路道には、地元の方やいろいろな方が、整備、修復、復元してくださっている。
そういう方々のお陰で歩かせてもらっている。




昨日、お遍路フォーラムに行ってきた。
とても興味深いお話で、勉強になった。そして改めてお遍路の良さを再認識した。私もお遍路で癒され、救われた。

初め、仙遊寺のご住職さんの、仙遊寺に来るお遍路さんやご自分の野宿お遍路のお話。お遍路をすることで、おもてなしを受け、人の優しさに触れ、それが平和に繋がっていくなど。そして、

基調講演は愛大の胡先生と徳島大学の常慈モートンさんのお話。

胡先生は、遍路の歴史と『娘巡礼記』の100年前の遍路のお話。何故四国遍路のお寺が88で、どのようにしてそうなったのか資料からお話くださった。でもそれが解明されたらノーベル賞ものなのだとか。

徳島大学の常慈モートンさんのお話。100年くらい前の外国人のお遍路さんのお話。ユーモアを交えながらのお話で、貴重な写真もたくさん見せてもらえた。

そして、藤田賀子さんの歌とお話。バックスクリーンに若いお遍路さんのお遍路の様子が流れていた、ユーチューブで見れるそうだ。

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そして、最後、上の3人の方と、民宿碧の女将さんとのシンポジウム。碧の女将さんの、子供の頃に見たお遍路さんと今の若い女性のお遍路さんのエピソードなども興味深かった。休憩所では地元の方が野宿をしている遍路さんたちに自然にお接待をされているなど。そして今でも、昔の名前も分からないお遍路さんの遍路墓をずっと、ご先祖さんから守ってきているというお話など。

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隣の席の方が、もう高齢の女性の方だけど、宮崎さんと20年間いっしょに遍路道を歩かれたとかで、少しお話が聞けてよかった。

とても内容が濃く、興味深かった。でも疲れた。久万まで山道を車で1時間、クイーンを聞きながらではあったが、それも結構大変だった。

3月22日(金) くもり

いよいよ待ちにまったお遍路が始まる。前回が安芸駅で終わったので、今回は安芸駅から海岸寺までの行程で、33泊。宿も全部予約した。

今日はまず高知駅までバスで行き、そこから乗り換えて電車で安芸駅まで行き、歩き始める。宿は住吉荘に予約してある。住吉荘まで約14キロ。安芸駅には13:16に着く予定なので、宿には17時頃に着く予定。初日にしては少しきついかも。

9:00発の高知駅行きのJRバスに乗った。早割とかで1500円。駅まで夫に送ってもらった。

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6時に起きたが、出発まで、超バタバタした。もう少し早く起きるつもりだったが、昨日午後、久万高原町であった遍路フォーラムに行って少し疲れていたのかも。午前中は最後の家事と夫への鍋一杯のおでん作りに追われた。

極めつけは、朝、庭のスナップエンドウを収穫して、食べれるようにしたこと。折角できたので取らないともったいない。夫は一切、そういうことはしない。

思いの外あって、ザルに一杯半もあった。茹でて、夫の分を冷蔵庫に、私のお昼のお弁当にも。残りは、ご近所でもらってもらうよう、夫に託しておいた。早く食べておけばよかったのだか、まだ庭の茎ブロッコリーや小松菜などが他に食べるものがあった。

何とか家を出てきたが、何か忘れ物をしているようで落ち着かない。

これから歩き始めて、ジワジワお遍路さんになって行くのかな。

ともかく、快くお遍路に出してくれる夫に感謝。そして二人の健康にも。72才のおじいさんを一人おいておくのも気がひけないでもないけれど。

方向音痴でどこに行くかもしれなくて、しかも人が行かないような所に行きたがる私を知っている夫にしてみたら、心配なことだろう。捜索隊を出すようなことだけははしてくれるなと言われているけど、、。

今少し曇っているけれど、寒くない。

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昨日行く予定だったお墓参り。昨日は雨だったので今日に延期。

朝6:40に家を出て、松山道、岡山道を乗り継いで、今高梁。後30分も走ればお墓だ。お墓はインターを下りてすぐの所にある。

1時間、運転したので、夫と運転を変わった。

深い霧があちこちで発生していた。この高梁のSAでも少し霧がかかっている。

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今、インターに着いた。 

お寺の境内の梅の花

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名前は分からないけれど、黄色い花。

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お墓に。

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前には大きな川が流れている。

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大きな椿の木に花がいっぱい咲いている。夏には百日紅が咲く。

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山陽道を通って広島のお墓へ。

途中、福山SAで、昼食をとる。お好み焼きを食べたが、さすが美味しかった。

お墓の前にある公園の桜の蕾はまだ固かったが、これから暖かくなったら、一気に咲くのだろう。

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呉から15:55発のフェリーで、松山に帰る。18時前には着く予定。フェリーの中では、横になれるので楽だ。

大きなコンテナ船が2﨎停泊している。

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お墓には、遠いので、あまり行けない。
夫と二人では行けるけれども、一人では多分無理だ。後を継ぐものもなく、冗談ではなく、夫の納骨にも行けない。考えてもらわなくては。

お遍路に出発する日が近づいてきた。家を空けるにはそれなりにいろいろしなければいけないことがあるのにまだできていない!しかも明日はお墓参りで早朝から出かけて、1日家を空けるようになる。まだまだと思っていたがあっという間に近づいてきた。

最初、取り合えず、外せない用があって2週間で家に帰る予定だったが、その用が2週間延期されたので、お遍路に約1ヶ月行けることになった。その用を済ませて、あと連休前まで5日間の計33泊。その期間中に松山を通過するので、1日は家が宿になる。その1日が滅多に家を空けない夫が、たまたまある会があってその日だけ、家を空ける。で、私は、自分の家ではあるが、無人の家に鍵を開けて入って、泊まることになる。ご飯もコンビニで買って来よう。家事はしない。

お遍路1ヶ月の予定を立てて、一応宿も予約した。大体、1日25キロくらいまでで、30キロ近い時は公共交通機関も使ってもいいかな。

前回打ち終えた神峯寺先の安芸から歩き始めて、別格18番の海岸寺まで行く予定。で、初めていくところも含めて、あれこれ計画した。

*観自在寺から「中道」を行ってみたい。前回、昨年のこの頃、観自在寺の納経所で地図をもらっていた。今回、観自在寺で中道の様子を尋ねたところ、昨年7月の災害で倒木などがあり、行くのは危険だということだった。で、もらっていた中道への入口が書かれてある手書きの地図に、地図を書かれた方の電話番号が書かれていたので、お電話させてもらった。

そのOさんという方が、いろいろとご親切に教えてくださった。やはり倒木がそのままになっていて、それを修復するのは、大変な作業になるということだった。でも、歩きづらくて時間がかかるかもしれないが、歩けないこともないらしい。Oさんは調査のため、歩かれている。観自在寺から満願寺まで約30キロ、平地に換算すれば40キロくらい。しかも倒木を避けながら。余計に時間が掛かることが予想される。

途中、非難小屋になる遍路道場のことも教えてくださった。そこでもし携帯の電波が届かなかったら近くの雑貨やさんで公衆電話を借りたらいいということも教えていただいた。そこでも泊まれるらしいが、そのためには寝袋と4食を持って行かなければいけないので私には無理かな。それよりも朝早く出て満願寺までたどりつきたい。

天気がよければ行ってみたい。満願寺まで行けなくても、車道に出ればタクシーも呼べる。朝早く出て、夕方暗くなるまでに車道に出れたらいいかな。

Oさんに拠れば、道は2年間歩かなかったら塞がれるらしい。折角、復元された道、歩きたい。

*番外のばら大師(永照寺)に行ってみる。この野村町も水害があったところだ。

*岩屋寺への道で、前回断念した槙の谷にまだ未練がある。宿の予約の時に桃李庵の御主人に様子を聞いたところ、やはりもうここ何年か人が歩いていないので道が雑草などで埋もれているかもしれないということだった。前回、槙の谷を行ったという勇気ある若い女性にたまたま会ったが、トラックが入っていて、道が分からなくなっていて危うく遭難しかけたということだった。伐採のための道を作る時に、遍路道がずたずたになることもあるということだった。やはり無理かな、、、。でも、行ってみたい。

*石鎚神社は今回は止めることにした。前回、成就社から一の鎖の先まで行ったが、雪が残っていた。今回も予定している日がその頃とあまり変わらない。訊いたところ、石鎚神社の開門も5月からということなので、また改めていくことにした。

*雲辺寺への道で、曼荼峠を行ってみる。一野屋旅館に泊まり、椿堂、曼荼峠、雲辺寺、そして青空屋に宿をとる。こうすると民宿岡田さんに泊まれないのが残念。おとうさんはお元気だろうか。

*大興寺から砥石観音に行ってみる。

*海岸寺の宿坊に初めて泊まる。そして家に帰る。

いろいろ計画しているとあっという間に時間が経ってしまうが、私にとっては唯一時間を忘れて熱中できる楽しい時間だ。









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