10月15日(火) 晴れ 記録日 2019.12.1
*今日は移動日。引き続き、1番から歩き始めるため、高野山から徳島に戻る。今日は徳島駅まで。駅近くのビジネスホテル、ステーションホテルに宿を取った。高野山の宿坊でお勤めに出た後、バスで高野山駅に行き、そこからケーブルカーで極楽橋まで行く。そこから天下茶屋で乗り換えて和歌山市駅に行く予定だったが、うとうとして寝過ごしてしまい、一駅先の難波まで行ってしまった。天下茶屋まで引き返す。それでフェリーが1便後のになってしまった。
3:40のアラームにしていたが、目が覚めて3:30には起きる。
部屋に広げて乾かしていたものをたたんだりして整理するのに1時間掛かってしまった。
昨夜こたつでうたたねして、ブログを書いていなかったので、書く。
寒いのでストーブをする。天気予報を見ると、最低気温11度となっている。やはり高野山は少し寒い。
6時からお勤め。ご住職さん(後でご住職さんの影のスイスのクルトさんと分かる)を中心にお坊さんは両脇に4人ずつ。お勤めの間ずっと一心に護摩を焚いていたのは若い女の子だった。(後で、お大師さんにお茶を差し上げる時に顔が見えた)
声明というのだろうか節のある読経が続く。そしてたくさんの過去帳から大震災を初め、亡くなった方の名前が読み上げられた。
参加しているのは北海道からの男性のお遍路さんと私。そしてカナダの方で、高野山大学の大学院で学んでいるという方と、あと7~8人くらいのドイツ人の方々。
読経の後、お焼香をして、お大師さんにそれぞれがお茶を差し上げ、最後にお加持をしてもらった。1時間以上はあっただろうか。
そして法話。ご住職さんは所用でお留守とかで、代わりにスイスのクルトさんが法話をされた。私たちには日本語で、「お遍路はいかがでしたか。お遍路の白衣の後ろには何と書かれてありますかね。」とか話しかけてくださった。スイスの方たちにはドイツ語で話されていた。
そしてそのクルトさんが、「お接待です。」と言って、お勤めの後、私たち二人とカナダの方を、別の部屋で、お菓子とお茶でお接待してくださった。お煎茶をいれてくださった。後で、「作法です。」と言って、食べなかったお菓子を包んでくださった。
クルトさんは、ご自分のことを、ご住職さんの「影」だと言われ、「頭が固いので、ここにもう20年もいます。」とユーモアのある方だった。ラオスの支援もされている。その本も書かれていた。「いいことがあっても悪いことがあっても、心静かでおれること。」のお話しをしてくださった。
その部屋に、にこちゃんという8さいのねこがきたり、お勤めで護摩を焚いていた女の子がコーヒーを持ってきてくださったりして、とても暖かい雰囲気で良い時間が持てた。その女性は高野山大学を今春卒業して、いまここで修業しているのだそうだ。高野山大学ではいろいろな人が学んでいて、私にも学ぶのに決して遅くはないと、勧めてくださった。
カナダの方は、スピリチュアルケアを研究されていて、その関係で高野山で勉強されているのだそうだ。東北大学でも学ばれたそうで、日本語もお上手だった。
部屋に戻ったら、朝食を持ってきてくださった。
8:02
9時頃、無量光院を出発。
散策しながらファミマに行ってお昼ご飯を買う。バス停の時刻表を見ながら、女人堂の一つ手前のバス停、一心庵からバスで高野山駅まで行った。道を訊いた人が、ちょうどそのバス停の近くに住んでいると言われて、一心庵のバス停まで、その70代の男性の方と話しながら行った。
高野山駅からのケーブルカーで、松山出身だという80代の姉妹女性お二人と同席し、話しながら行った。
極楽橋から和歌山市駅行きの電車に乗る。
11時頃?電車の中でサンドイッチと豆乳のお昼を食べる。
天下茶屋で乗り換えなければいけないのに、居眠りをして乗り過ごしてしまい、次の難波駅まで行ってしまった。難波から引き返し、天下茶屋まで戻り、電車の都合で、和歌山市駅で1時間、和歌山港で40分くらい過ごした。和歌山港から、予定より1便遅れの16:25発のフェリーに乗り、18:30に徳島港に着いた。フェリーの中ではテーブルのある席で、ブログを書いたりして過ごした。
17:41 夕飯もフェリーの中で。
素泊まり5000円。洗濯、乾燥機無料!
*今日は移動日。引き続き、1番から歩き始めるため、高野山から徳島に戻る。今日は徳島駅まで。駅近くのビジネスホテル、ステーションホテルに宿を取った。高野山の宿坊でお勤めに出た後、バスで高野山駅に行き、そこからケーブルカーで極楽橋まで行く。そこから天下茶屋で乗り換えて和歌山市駅に行く予定だったが、うとうとして寝過ごしてしまい、一駅先の難波まで行ってしまった。天下茶屋まで引き返す。それでフェリーが1便後のになってしまった。
3:40のアラームにしていたが、目が覚めて3:30には起きる。
部屋に広げて乾かしていたものをたたんだりして整理するのに1時間掛かってしまった。
昨夜こたつでうたたねして、ブログを書いていなかったので、書く。
寒いのでストーブをする。天気予報を見ると、最低気温11度となっている。やはり高野山は少し寒い。
6時からお勤め。ご住職さん(後でご住職さんの影のスイスのクルトさんと分かる)を中心にお坊さんは両脇に4人ずつ。お勤めの間ずっと一心に護摩を焚いていたのは若い女の子だった。(後で、お大師さんにお茶を差し上げる時に顔が見えた)
声明というのだろうか節のある読経が続く。そしてたくさんの過去帳から大震災を初め、亡くなった方の名前が読み上げられた。
参加しているのは北海道からの男性のお遍路さんと私。そしてカナダの方で、高野山大学の大学院で学んでいるという方と、あと7~8人くらいのドイツ人の方々。
読経の後、お焼香をして、お大師さんにそれぞれがお茶を差し上げ、最後にお加持をしてもらった。1時間以上はあっただろうか。
そして法話。ご住職さんは所用でお留守とかで、代わりにスイスのクルトさんが法話をされた。私たちには日本語で、「お遍路はいかがでしたか。お遍路の白衣の後ろには何と書かれてありますかね。」とか話しかけてくださった。スイスの方たちにはドイツ語で話されていた。
そしてそのクルトさんが、「お接待です。」と言って、お勤めの後、私たち二人とカナダの方を、別の部屋で、お菓子とお茶でお接待してくださった。お煎茶をいれてくださった。後で、「作法です。」と言って、食べなかったお菓子を包んでくださった。
クルトさんは、ご自分のことを、ご住職さんの「影」だと言われ、「頭が固いので、ここにもう20年もいます。」とユーモアのある方だった。ラオスの支援もされている。その本も書かれていた。「いいことがあっても悪いことがあっても、心静かでおれること。」のお話しをしてくださった。
その部屋に、にこちゃんという8さいのねこがきたり、お勤めで護摩を焚いていた女の子がコーヒーを持ってきてくださったりして、とても暖かい雰囲気で良い時間が持てた。その女性は高野山大学を今春卒業して、いまここで修業しているのだそうだ。高野山大学ではいろいろな人が学んでいて、私にも学ぶのに決して遅くはないと、勧めてくださった。
カナダの方は、スピリチュアルケアを研究されていて、その関係で高野山で勉強されているのだそうだ。東北大学でも学ばれたそうで、日本語もお上手だった。
部屋に戻ったら、朝食を持ってきてくださった。
8:02
9時頃、無量光院を出発。
散策しながらファミマに行ってお昼ご飯を買う。バス停の時刻表を見ながら、女人堂の一つ手前のバス停、一心庵からバスで高野山駅まで行った。道を訊いた人が、ちょうどそのバス停の近くに住んでいると言われて、一心庵のバス停まで、その70代の男性の方と話しながら行った。
高野山駅からのケーブルカーで、松山出身だという80代の姉妹女性お二人と同席し、話しながら行った。
極楽橋から和歌山市駅行きの電車に乗る。
11時頃?電車の中でサンドイッチと豆乳のお昼を食べる。
天下茶屋で乗り換えなければいけないのに、居眠りをして乗り過ごしてしまい、次の難波駅まで行ってしまった。難波から引き返し、天下茶屋まで戻り、電車の都合で、和歌山市駅で1時間、和歌山港で40分くらい過ごした。和歌山港から、予定より1便遅れの16:25発のフェリーに乗り、18:30に徳島港に着いた。フェリーの中ではテーブルのある席で、ブログを書いたりして過ごした。
17:41 夕飯もフェリーの中で。
18:33発の徳島駅行きに乗り、19:05頃、徳島駅。コンビニに寄って、ステーションホテルにチェックインしたのは19:25頃。
着ていたものとか全部脱いで、すぐに洗濯室に行き、洗濯をした。そしてゆっくりお風呂に入る。
乾燥機に洗濯ものを取りにいき、10時頃、眠くなって就寝。
着ていたものとか全部脱いで、すぐに洗濯室に行き、洗濯をした。そしてゆっくりお風呂に入る。
乾燥機に洗濯ものを取りにいき、10時頃、眠くなって就寝。
素泊まり5000円。洗濯、乾燥機無料!



























































































































































