2014年10月

やっとブログを書き終えた。忘れないうちにと思ったので早く終えたかった。メモと地図と写真とを見ながらパソコンの前に座っていた。ある意味、実際にお遍路に行くより、かなり不健康ではある。でもこれで一応今回のお遍路は終わった。
 
お遍路から帰ってしばらくは何だか心が軽くなって、こだわりがなく、ある意味幸せな感じがしていた。このままお遍路にある時と同じように物事が見え、感じることができたらいいなと思ったくらいだ。でも頭の中身まで軽くなってしまって、これではちょっとまずい。
 
高知ではやはり、海と空。太平洋の海と空を見ることが多かった。宇宙の広大さの中にある時、癒される思いがした。そして山、遍路道。山の中の遍路道では心細いところもあるが、道しるべを見ながらその遍路道を、昨日も今日も通った人があると思ったら、人との見えないつながりを深く感じて安心さえ覚えることができた。道々、普段感じることのあまりない、草花や、鳥の声、虫、川の魚など、自然の懐に抱かれて癒される。
 
そして人との出会い。同じお遍路をしている人、道を教えてくださったり、お接待をしてくださった地元の人々、そして暖かく迎えてくださった宿の方々との出会いがあり、多くの人に助けられ、元気で歩いていく力をいただいた。
 
また遍路道は、季節によって、天候によって、時間によって、その時の体調によって、人との出会いによって、またルートによってさまざまな様相を見せてくれる。とても奥が深い。普段同じ道でも何度でも迷ってしまう方向音痴の私にとっては何度でも違って見えるにちがいない。
 
遍路道は私にとって第二のふるさとといっても過言ではない。いつでも安心して帰れるところ、遍路道があるということは本当に幸せなことである。歩ける間は歩いていきたい。次は春?
 
 
 
 

10月17日

5:30  起床  隣は5時頃から起きておられる気配。電気をつけるのを遠慮されているようなので電気をつけるとすぐに隣の部屋も電気が点いた。
 
6:30  朝食
 
7:00  女将さんに見送られて宿を出る。バス乗り場までの道案内をしてもらう。すぐそこだが行って、時間を確認しておく。
 
7:49のバスまでまだ時間があるので海をみたりして過ごす。朝の海は気持ちがいい。夫はクレーンで船が海に降ろされるのを興味深げに見ていた。
 
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バス停で待っていたら、向こうから足を引きずりながら歩いてくる女性のお遍路さん。1回目はバスで、今回は4~5日ずつの歩き遍路。大阪の方。昨日宿毛から歩き始めたが松尾峠で足を痛めたのだそうだ。一本松から通りがかった車に乗せてもらって御荘まできた。早く着いてしまったので、そのあたりで時間をつぶしていたとか。一人の方が気楽でいい。でも4~5日もすると家が恋しくなるのだそうだ。
 
バス停がある歩道の向こうにある犬小屋で首だけ出してこちらを見ながら退屈そうにしているワンちゃん。しばらくして飼い主の人がリードを離すとさっと側の軽トラの荷台に乗り、いっしょにどこかに連れてもらっていた。
 
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松山までの直通バスに乗リ、11時頃には着いた。そこからまだ時間も早いのでタクシーに乗るまでもないのでバスで帰ろうとバス停まで行ったら、始発なので丁度バスが待っているところだった。運良く待つこともなくバスに乗れ、家に無事帰ることができた。
 
 
 

10月16日(木)晴れ   約26キロ   47667歩
 
5:15  起床   5時前頃から下のほうから話し声がする。寒い。
 
6:00  朝食  皆さん、すでに食べ始められている。
 
今日が今回のお遍路で実質、最後の歩きになる。それより取りあえず今日どうするか?前回は一本松から国道を行ったが、今回は別の県道299号線の方を通ってみたい。遍路道もある。
 
皆さんに訊いてみた。Nさんは今回始めてなので国道を通る、と。5回目の東京の人は、松尾峠も通らず、ずっと56号線を通る、と。理由は、もしマムシにでも噛まれた時、山中では携帯も通じないし、とのことだった。もう一人の人は、宿毛辺りから家に帰るだったかな。で、みんな国道を行くとの答え。で、磯屋のご主人さんに訊いてみても、やはり迷ってもいけないので国道を行く方がいいだろう、と言う答え。夫も、私一人で歩くのだから国道を行け、という。そうだ、Tさんに訊いてみよう、と保留にしたまま朝食を終える。
 
6:30 出発  まだ日が昇っていない。山々に朝もやがかかっていてきれい。
 
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夫とは宿毛までの約6キロをいっしょに歩き、夫はそれから宇和島バス営業所からバスで愛南町まで行った。道々、夫は私に国道の方を歩けと説得していた。Tさんに電話をかけて訊いてみたら、県道の方が車が少なくて歩きやすい、道しるべさえ見落とさなかったらそんなに迷うこともないだろう、とのこと。これで決めた、県道を行く。
 
夫とバイバイして一人で歩き始める。まずは松尾峠まで行かなくては。前回ローソンでおむすびを買い、そのローソンのところで遍路道の方に入ったはず、ローソンがあったので、何だか前と感じが違うと思いながらおむすびを買い、トイレを借りた。外に出てやっぱり違う。新しくできたのか、違うローソンだった。北海道の野宿の青年をみかける。
 
近くのガソリンスタンドのおじさんに遍路道をきく。前回のローソン前まで来た。思い出した。暑くなったので、ここで1枚着ていたものを脱ぐ。ついでに野菜ジュースを買い飲む。
 
8:40 ここから舗装してない遍路道に入っていく。松尾峠まで上りの道になる。
 
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上がってすぐ海が見える、そうだここは海の近くなのだ。
 
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9:00 遍路道に入るといろいろな道しるべがある。 
 
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9:10  
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9:20  集落に出る。赤丑もいるらしい。
 
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9:40  ここで10分休憩。前回もここでHさんと休憩した。
 
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ここから上りの道が続いていく。上から逆打ちの男性が下りてきて、「この道は逆がうんと楽ですね。」と声を掛けてくれて、スタスタと下っていく。
 
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10:45  松尾峠 松尾大師跡 
 
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ここから愛媛に入る。ここからは下っていくので楽だ。
 
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白い花に蝶がきている。 あとで、多分、「アサギマダラ」と知る。渡り蝶らしい。二羽見つけた。
 
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黄蝶も。
 
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トンボも。
 
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里に下りてきた。
 
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11:40 きれいな公衆トイレがあるのでここで休憩する。ここで昼食を摂ることにする。。前にベンチもあったが、陽があたって暑いので、横の神社の階段で。宿毛のローソンで買った、サンドイッチ、お結び、そして宿で出たみかん。
 
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食べていたら、向こうから女性のお遍路さん。女性のお遍路さんに会うのは今回初めて。「岩手からで、春と秋に来て、1週間くらいの区切り打ちをしている。高知に友達がいて、高知のホテルを拠点にしてそのお友達と歩いたりもした。今日は宿毛から来た、66歳。」だそうだ。同じお遍路さんと話せてうれしい。先に行かれた。
 
12:25  出発
 
12:40  松尾大師。
 
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13:00 さあ、いよいよ国道との交差点、広見?。県道299に入る。
 
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いくら県道とはいえ、やはり初めての道は不安。道しるべを見つけてホッとする。
 
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札掛あたりで「癒しの道、へんろ道」の立て札があって遍路道に入るようになっている。でもいわゆる、保存協力会の道しるべではないのでどうしようかと迷っていたら、何と向こうからOさんが歩いてくるではないか。でも何で向こうから?Oさんは「歩き」3回目だがこの道はよく覚えてないという。でも2人だったら恐くない、行くことにする。
 
13:30 確かに木に囲まれた土の道はいい。落ち葉でふかふかだし。きっとこういう道を歩きたいというのがお遍路に出る理由の一つになっていると思う。
 
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何度か舗装道に出たような気がする。後ろからもう一人男性のお遍路さんが来られた。この道はOさんとずっと話しながら言ったので、写真がない。
 
きれいなトイレがあるので、使わせてもらうことにする。
 
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豊田という町に出る。ここから川沿いの道を行く。Oさんはお店でみかんを買って行くので先に行っててください、ということでボチボチ一人で歩き始める。
 
お店の人からは、観自在寺までここからあと2キロですと教えてくれて、地図上でもそうなっていたけれど、その2キロをとても長く感じた。とても遠く感じたのはやはりそれだけ疲れていたのだろう。
 
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3:15  観自在寺  参拝。夫は参拝を済ませていて先に宿に入っておくと言っていた。
 
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そこで野宿の青年や、岩手の女性、外国人のカップルなどたくさんの参拝者があった。Oさんは今日は後からくる人といっしょに宿坊に泊まると言っておられた。
 
明日は帰るので何かお土産をと、境内で落ち葉を掃いている人に訊いてみたら、サンパールにもあるということだったので、今日の宿、磯屋に行く途中にあるので、寄った。
 
4:10頃 民宿磯屋  お風呂に入る。 洗濯をしてくださるということだったが、明日は家に帰るのでということでなし。
 
6:00  夕食  すごいご馳走。なすのはさみ揚げは熱々。これを女将さん一人で作られるのだからすごい。ずっといしょにお話してくださる。きびなごの刺身、グレの煮付けなどもおいしかった。
 
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もう一組は岐阜からのご夫婦での通しの歩き遍路の方。観自在寺へのバスでいっしょだったと分かったが、他でも会っていたかもしれない。ご主人さんは75歳。100名山に登ったり、ご夫婦でキャンピングカーで全国旅行などされているようだ。
 
女将さんは今日は結婚記念日の日なんだそうだ。ご主人さんは17~18年前に57歳くらいで亡くなったので、私たちのことをうらやましい、と言われていた。昔は釣り宿を主にされていたようで、ご主人さんが亡くなってから女将さんが遍路宿をされてきたようだ。
 
部屋に本が置いてあり、先にきて休んでいた夫はそれらの本を読んでいたようで、それらの本を気に入り、帰ってからアマゾンで買っていた。
 
夫は宿毛からバスに乗ってこの辺りにまで来て、いろいろ散策していたらしい。海に行って鴨?にピーナッツをやったりお結びを食べたり。Nさんはお昼頃にはもうこの辺りまで歩いてこられていたらしい。丁度、横断歩道のところで出会ったらしい。ほとんど休憩をされないと聞いていたし、歩くのも走るくらい速かったそうだ。77歳だからすごい。
 
隣の明かりが8時前には消えたので私たちも早々に寝ることにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

10月15日(水)  晴れ    約28キロ  49243歩
 
5:15 起床  夜、冷えた。朝も寒い。  別の部屋にいる夫に携帯でモーニングコール。
 
6:00  朝食  延光寺まで、真念庵経由で行く道も通ってみたいと思ったが、安宿のご主人も勧めてくれたので前回と同じ21号線を行くことにした。 今日行く21号線にはバスは走っていないらしいので、夫はもし歩けなかったら平田からハイヤーを呼んだらいいと、ご主人にきいて安心する。
 
6:30  出発  ご主人に塩にぎりを1個ずついただく。三原村にはお店があるらしいが念のためにコンビニでお結びを1個買っておく。
 
橋を渡って21号線を行く。両脇に畑が広がる。車は通らない歩きやすい道。朝の散歩をするわんちゃん。リードがなくても大丈夫。1歳の女の子で人懐っこかった。
 
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陽があたると暑いが、片側は崖で、もう片方は林のようになっていてまるで林のトンネルの中を歩いているようで涼しい。車はほとんど通らない。
 
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今日も黄蝶が姿を見せてくれる。
 
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 つわぶきの花も咲き始めている。
 
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崖の方からは上から水が豊富に流れてくる。
 
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道のまわりは草がきれいに刈ってあり、本当に気持ちの良い歩きやすい道だ。
 
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9:30  芳井遍路小屋  お菓子やカップラーメンなど食べ物がいっぱい置いてある。用意してくださっている方が丁度上から下りてこられて、箱のふたを開けてコーヒーやお菓子をすすめてくださる。ドリップのコーヒーをいただいた。ポットや冷蔵庫も置いてある。Nさんが通り過ぎられた。ペースがあるだろうからと強くは引き止めなかった。
 
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10:00 鋭気を養ってふたたび出発
 
何か鳥の鳴き声がしたので、そこにいた道路工事の人に小鳥の名前をしっているか訊いてみたら、「コジュケイ」だと教えてくださった。これくらいの大きさだと手で示して。結構大きな鳥らしい。
 
このあたり、道路工事の予告の看板がいくつかあった。こんな良い道で、そんなに車も通らないのに不思議な感じがした。
 
11:30頃
 
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空が青く、虫の声がして、トンボが飛んで、すっかり秋だ。
 
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宗賀局のところで道を間違えてしまった。三原村にあるお店、たぶん、「じまんや」に行ってそこでお昼ご飯を買って食べたかったのだが行けなかった。
 
いつものように、地図を見ずにどんどん先を行ってしまう夫。確かに道しるべはそちらの方向にあるのだが、そのお店に行くには、それとは違う道を行かなければならない。携帯で夫を呼び出したが、引き返す様子はない。
 
民家の庭にいたおじさんに訊いたら行けないことはないが迷うかもしれないとのこと。そのまま行くことにした。
 
その道は確かにややこしかったが、角ごとに「延光寺へ」と書かれた矢印形の立て札があった。お結びを2個持っているので、お店に行くのはあきらめた。
 
12:40 清水川の遍路小屋で昼食にしようとしたが、そこは陰になっていて暗かったので、近くの道端で石が置いてあるところで昼食にすることにした。すぐ横にある柿を食べてみたが残念ながら渋柿だった。もちろん、栽培ではない野生の柿です。道の向こうの山には牛がいるようだった。牛は草を食べてくれるし一石二鳥だ。40分。
 
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トンボ
 
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14:30  休憩  自販機で「アロエ白ぶどう」のジュースを買って飲む。平田の町に近づいてくる。
 
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小学校の前を通ると学校から帰る生徒さんがみんなあいさつしてくれる。中には「がんばってください。」と言ってくれる子もいる。 
 
国道に出る。国道を歩くのは陰もないのでやはり暑い。
 
15:40頃  遍路道に入って、今日の宿嶋屋さんに着く。荷物を置かせてもらってすぐそこの延光寺へ。
 
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延光寺でTさんと出会う。これから宿毛まで歩いて行き、BHにでも泊まって明日横浜に帰るとのことだった。Tさんには本当にお世話になった。きっとこれが最後になる、とあいさつしてお互いに写真を撮ったりしてお別れした。次は5月頃になるそうで、良かったら松山に来たときには連絡をくれるよう伝えた。
 
夫は結局、ハイヤーを呼ぶこともなく28キロを歩いた。かなりの自信につながった。
 
16:30頃  嶋屋さんへ。部屋は二つもらうように言ってあった。2階の私は前回と同じパンダの間、夫は沖富士の間。隣は赤富士の間で先客があったので間違わないように心した。
 
17:50頃夕食  下の食堂でみんなでテーブルを囲む。男性3人はもう食事をされていた。Nさんは「民宿大岐の浜」からの34~5キロを歩いて2時頃には着いていたそうである。東京の75歳の男性は70歳から毎年「通し」で歩き、今5回目だそうだ。だいたい1日に30~40キロ歩き、35日くらいで廻るそうである。Nさんに劣らず健脚だ。あと70歳くらいの青森?の男性。Nさんと東京の人は明日、同じかめや旅館までの約36キロを歩くそうだ。
 
みなさん早々に食事を終え、それぞれ部屋に戻られるた。 
 
 
 
 
 

10月14日(火)  晴れ    約19キロ  37451歩  (移動距離 約42キロ)
 
5:20  起床   さわやか  外を見て朝焼けがきれいで思わず見とれてしまう。
 
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6:13 日の出
 
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6:30  朝食
 
7:00  出発  台風の影響で、道路脇のあちこちに落ち葉や小枝の吹き溜まりがある。夫は風で笠を飛ばされてしまい、手ぬぐいを頭に巻いているのだが、残念ながら似合わない。
 
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次々に向こうから歩いてくるお遍路さんに出会う。多分みんな昨日は宿で過ごした人たち。三日間宿に泊まったという男性。Nさん。学生さん、学生さんによるとOさんは足摺向かったので会うと思いますよ、とのことだった。男性2人連れ。等々。 
 
大岐海岸の砂浜を通ろうとして少し歩き始めたが、バスに乗る時間を勘違いして、というより時計を1時間程見間違えて、引き返した。歩ける所まで歩いて9時頃の足摺行きのバスに乗ることにしていた。
 
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8:55 結局、大回りをして車道を歩き、以布利のバス停まで来た。手前のガソリンスタンドでトイレをお借りした。郵便局でお金を引き出しておく。少し下に下りると漁港。以前通った遍路道、神社がある。
 
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9:07 バスに乗る。西回りで土佐清水を通って行く。土佐清水から金剛福寺までは、また帰りに同じ道を歩く予定。バスにはご夫婦のお遍路さんが乗っていて、明後日磯屋さんでお会いすることになる。
 
10:00  終点、足摺のバス停着。歩いてすぐ金剛福寺。三日間歩いてきたやっと来れたお寺だ。前回は一人だった。その時は時間があったので、昔子どもたちが幼い頃家族で来たと感傷に浸りながら足摺を散策した。 夫と参拝する。
 
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本堂の後ろにある仏像。
 
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ここで「民宿日の出」でいっしょだった「民宿大岐の浜」から歩いてきたNさんとSさんに出会う。私たちはバスに乗ってきたけれど彼らは歩いてきたわけだからすごい健脚だ。やはり同じ民宿から歩いてきたOさんにも出会う。その民宿では10人くらいの人が台風の日に宿で留まっていたそうだ。NさんとOさんは打ち戻って同じ宿に戻り、Sさんは今回はここで打ち止めで埼玉に帰るということだった。
 
11:00 金剛福寺、出発  土佐清水までの約12キロを歩いて行き、そのあたりで4時過ぎのバスに乗り、今日の宿、「安宿」まで行く。
 
夫はやはり日差しが強いので笠か帽子が欲しいとおみやげ物やさんを覗いてみたが適当なのがなかった。
 
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11:45 遍路小屋があったのでお昼にする。朝まだ暖かかったお弁当を開ける。お醤油の焼きおにぎりだ。小型のとんぼがあちこち飛んでいる。この日、とんぼをよく見かけた。
 
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通りがかった車に乗ったおじさんがこの辺りのパンフレットをくださって、いろいろ説明してくださった。
 
この遍路小屋がある公園の前に、彼岸の中日頃にだけ太陽の陽が入ってくるという洞門。向こうに見えるのが太平洋に沿って北上する黒潮が最初に接岸するという臼婆地区。
 
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12:20  遍路小屋を出発  松尾の遍路道を通る予定だが、遍路道への入り口にある小学校の前は工事のため通行止めになっているという看板がある。でも行ってみることにする。
 
確かに工事をしていたが、その前で、鰹節を干している人が遍路道までの道を教えてくれて、工事の誘導員の人が、学校の中を通っていくよう案内してくれた。
 
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上の家からワンちゃんが、「不審人物発見」とばかりにこちらに向かって吠えてきた。
 
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13:10 「遍路道」という道しるべはあるが、入り口は草で覆われている。あまり通る人がいないのであろうか。私一人では心細いが、夫が付き合ってくれてしかも先に行ってくれるので行くことができた。この時だけは夫を頼もしく思った。この道はやはり私一人では不安だ。
 
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倒木や根が露出して倒れているような木がある。
 
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舗装道に出る。どちらに行こうかと思ったが近そうに見える払川に直接行く遍路道を選んだが、結構大変だった。夫はくもの巣を払いながら、それでもくもの巣だらけになりながら進んだ。
 
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崖がある、と思ったらちゃんと道はあった。
 
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ロープが張ってあり、それを伝って下りる。
 
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アキアカネ?
 
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払川橋?きれいな舗装道に出る。作りかけの橋梁。
 
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14:40 中の浜  ジョン万次郎の生家があるところ。 集会所のようなところの前のベンチで休憩する。蔭になっていて涼しい。地元の人が「そこにトイレがあるよ。」と教えてくださってトイレも使わせてもらう。 自販機でジュースを買って飲む。
 
15:00  出発 ジョン万次郎の生家の再現してある場所を通っていく。
 
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階段を上がったりしながら、道しるべを頼りに歩いていく。。
 
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 歩けるだけ歩いて4時過ぎのバスに乗るため、遠回りになるけれどもバスの通る車道を行く。清水港が見える。このあと、対岸は見えるのに、湾をぐるっと廻っていく。
 
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16:15 「足摺病院前」 このバス停から16:20の中村行きのバスに乗ることにする。後ろにマルナカがある。夫はそこで帽子を買ってくるという。あと5分しかない。
あ、バスがきた。だめだ、と後ろを振り返ったら夫がちゃんと帽子を買ってきていた。
 
バスには誰も乗っていなかったが、あとから学生さんなどが数人乗ってきた。
 
17:00  安宿着。  部屋は4畳半。三つに折った布団が二組くっついて置いてある。荷物を置く場所もない。これではいびきをかく私のすぐ側で夫は眠れないのである。ご主人に別の部屋が空いていればもう一つ部屋をもらえないかと頼んでみたら、あるということで夫は別の部屋に移動。
 
18:00頃 夕食  若い男性、秋田の60歳の男性、スイスの男性の3人と私たちの5人。スイスの人は東京に住んでいて2周目の区切り打ちだそうだ。日本語がとても上手だ。みんな明日は金剛福寺ということだ。秋田の人が仕事で3ヶ月スイスにいたということでお2人は盛り上がっていた。スイスの人が何故2回もお遍路をしているのか興味があったが、その話にまではいかなかった。
 
今回のお遍路もあと2日になってしまった、と思いながら眠りについた。
 
 
 

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