11月29日(木) くもり 約6キロ 14143歩
今日はお遍路の最終日
5時10分 起床
6時 お勤め 10分前に本堂に行ったが、もうすでにご住職さまは座っておられた。
大きなストーブも焚かれている。皆がそろった6時、お経から始まる。
参加者は昨日、宿坊に泊まった6人と以前宿坊のお手伝いをしてていたが、今は結婚して山陰の方にいるが、御住職さまの奥様のお見舞いに来られたという方。7ヶ月の赤ちゃんをおんぶしてしておられて、お母さまもいっしょの3代での参加。通夜堂に泊まった、オーストラリアの男性。自転車で野宿をしながらお遍路をしているのだそう。お寺の方、数人。
お経は理趣経だろうか、お経本で分かるところだけをいっしょに唱えるが、お寺関係の方たちがしっかりと唱えられていたので、声も力強い。般若心経や御真言はみんなで唱えた。
後の法話がよかった。たくさん、いろいろなことをお話された。奥様のご病気のこと。以前、自殺しようとして猟銃をもってきた人がいたこと。警察日記の心温まるお話のこと、農業をしたい人ができるよう、田んぼを買ってくれと言ってきたので、買ったこと、などなど。
法話が終わった後でもみんなに話しかけてくださった。娘の供養を昨夜お願いしていたのだが、そういうことも分かっておられた。
通夜堂に泊まったオーストラリアの青年のところに、彼が石手寺で親切にしてもらった人が酔っ払って押しかけてきた、という話題の時に、最初、彼の隣に座った私が通訳のようなことをしていたが、困った時に、私の隣に座った逆打ちの人が、ペラペラと流暢な英語で話し始めた。ワオ、後で聞くと彼はアメリカの大学を卒業したのだとか。
御住職様はとても優しい。お話させていただくだけで癒される。 今、奥様は帰られているが、これからまたいっしょに病院へ行くと言われていた。

7時20分、食堂に行ったら、他の3人の人ははみんな食事を終えておられた。玄米粥がおいしかった。

給仕をしてくださった女性ともお話した。2年前に野宿のお遍路を「通し」でされたが、このお寺にもう一度戻ってきて、今はお寺のお手伝いをされているのだそうだ。
焼山寺に上ったのが2月で、雨が降っていた。道にも迷った。着いたがその時は宿坊も通夜堂もしていなくて途方にくれたが、通夜堂を開けてもらい一夜を過ごした。雨で持っていた物は全部濡れたが、着ていた物は濡れていなかった。暗い通夜堂で般若心経を唱えていたが、とても満たされた感じだった、というようなお話をきいた。
すごいお話だ。弘法大師さんのお導きは確かにあるのだろう。
8時15分 出発 私は歩いて下山して次の札所、国分寺へ約6キロ。夫は車で近くのお寺に参拝。国分寺で落ち合うことにする。
下りは、眺めがいいということで、自動車道を通る。

紅葉がきれい。

山門を少し下ったところで国分寺への遍路道になる。

振り返ってみる。あの山の中腹にお寺はあった。

昨日宿坊でいっしょだった人が後からくる。何か買い物をしていたとか。これから国分寺に行き、今日中に香園寺の近くの民宿に行き、明日は横峰寺の往復になると、「おたっしゃで~。」と言って、急ぎ足で去っていった。

10時15分 国分寺着。

夫はまだ来ていないので、すぐ近くの国分寺跡に行ってみる。

国分寺で写真などを撮っていたら、夫が駐車場で、オーストラリアの青年と会ったといっていっしょに階段を上がってきた。
夫といっしょにお参りする。オーストラリアのDavidもお参りしていた。

Davidはこれから横峰寺へ行くと言っていた。石鎚山にも行きたいと言っていた。雪を見るのが楽しみだとも。寒いよ、というと全部の服を着ると言って、ロボットのような動きをしておどけてみせた。大きな荷物を背負って、自転車に乗って駆けて行った。
私は今回のお遍路はここまでだ。無事お参りすることができて感謝。いろいろな人にも巡り合うことができた。お大師さんや多くの方のお蔭でお参りすることができた。
次回は春、すでに横峰寺までどのルートで行こうかと気持ちはそちらに向いている。
夫と車で帰途についた。帰り、夫が昔来たことがあるといううどん屋さんに寄って帰った。
スーパーで買い物をして、ケーキも買って帰った。
13時20分 家に到着。
おしまい































































