2012年05月

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4月末、お遍路から帰ってすぐに庭に野菜の苗を植えて、種を蒔いた。
 
庭の一角、ちっちゃいミニ菜園。
 
きゅうり4本、ピーマン4本、いんげんまめ9箇所。
 
きゅうりはすくすく育ち、緑のカーテンになりそうな勢い。今ちいさな花をつけ、花の先にかわいい3センチ程の実がついている。
 
ピーマンも花をつけている。株間が狭くて、みんな背を伸ばしている。ちょっと窮屈だったかな。
 
インゲン豆も。芽が出て順調。つるなし種で50日で収穫できるとあったので6月半ばには収穫できるかな。
 
ゴーヤーは昨年種をとっていたものを蒔いたが、なかなか芽がでないし、やっぱりだめだったかと苗を2本だけ買って植えた。
 
ところが、蒔いた種から、芽を出してきた。なんとけなげな。
ちょっと狭いけどごめんね。新しく芽をだしたゴーヤーも生かしたい。
 
ミニトマトも、昨年植えていたが、落ちた実から、あちこち芽をだした。それを植えなおしてみた。トマトは連作が効かないというし、自然に生えてきたものから実がつくかどうかわからない。でも、花がついているのでどうか結実しますように。
 
ミニトマトがどうなるか分からないと思ったので、普通のトマト、桃太郎とあった、を新しく2本買い足して植えた。やっぱり家で採れたトマトを食べたい。
 
青じそは毎年あちこちに生えてきて薬味に重宝している。
 
オクラも4ポット植えたが何だか元気がいまひとつない。がんばってほしいものだ。
 
 

毎月20日には石手寺のご住職さまの法話があると聞いていたので行ってみた。
 
お遍路を始めたのも、こちらの御住職さまの「元気になるために、お遍路に行かれてみるのもいいですよ。」というお言葉がきっかけだった。
 
これまで、何度かお話を伺ったことはある。でも、20日の法話というのは初めてだ。
 
駐車場に車を止めた時、そこのおじさんが「今日は縁日じゃけん、にぎやかだよ。」とひとこと声を掛けてくれた。
 
お遍路の人、観光客の人、檀家、信徒の人、いろんな人でいっぱいだった。
どこで法話があるのか聞いてみたら、今日は特別の日なのでいつもの本堂での法話ではなく、本堂の前で、花祭り?があるということだった。
 
そういえば、花で飾られたきれいな壇がしつらえてあった。
 
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まもなく10時。ご住職さまと二人のお坊様ではじまった。
読経があり、般若心経のところはいっしょに唱えた。
 
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後で、法話があった。大震災のこと、お釈迦様と弘法大師さまのお話、お遍路のお話とかいろいろ。
 
お釈迦様は、自分のことだけではなく他の人の幸せを、弘法大師さんは地球まるごとの幸せを願った方だ、というのが興味深かった。
生きていてよかったと思えるように、ということも言われたと思う。
 
平和の折り鶴を折って、短冊をいただいた。「皆一緒」「修行」
 
食堂のようなところがあって、寄ってみた。今まで何度も来ているのにこういうところがあると気がつかなかった。焼餅を焼いている。ここの名物で、以前子どもたちが学生のころに二人で来て買ってきてくれたことがあったのを思い出した。5個ほどいただく。昼食用にと野菜の天ぷらがパックに入っているもの、いなりずし、おからの炊いたの、をいただいた。
 
遍路用品を売っている売店にも寄ってみた。今ある写経用紙が少し使いにくかったので新しいものをと思ったが、やっぱりもったいないので、とやめた。
そこの方が、「今日は人がいつもより少ないね。年々少なくなっていく。」というようなことを言われていた。
 
へんろみち保存協力会編の「地図編」を見ていて、遍路小屋のしるしがあるのを見つけていたので探してみた。お~、あるではないか。道の向かいのコンビニの横に。今までそうういう目でみていなかったので気がつかなかった。
 
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何も知らずに来てみた20日の法話だったが、いろいろと面白かった。

前日に弟から父が入院したと連絡があり、その父のお見舞いのため、広島まで日帰りで行ってきた。
 
一人暮らしをしている父のところには1ヶ月に1回、泊まりで行っている。
 
行くときはいつも今治まで行き、しまなみ海道を通って行く。
 
今治へ行く道、いつも海岸沿いを黙々と歩いているお遍路さんをみかけていた。
 
今日も、お遍路さんを見かけては、私もいつかこの道をお遍路さんとして歩くのだと思いながら、心でエールを送っていた。
 
5月の朝9時頃とはいえ、国道の舗装してある道は結構照り返しもあって、歩くのは暑いだろう。袖なしの腕が真っ黒に日焼けしている人もいた。
 
お遍路さんを見かけたら振り返ってはみていた。夫が運転しているから大丈夫。
 
ひげをはやした外国人の男性もいた。年配の男性、若者、中年の人、その日は7~8人の人を見かけた。
 
その中に、4日前に久万の大宝寺の近くでお接待をさせてもらった若者がいた。
間違いない、独特の杖、黒い半パン、顔も、同じ。あの若者をここでみかけるなんてびっくり。一瞬のこと。
 
その若者との出会いが不思議だった。
 
4日前、家に滞在していた叔母をドライブに誘った。久万道路が開通したので行ってみようということになった。
 
小雨が降る中、お遍路の若者が向こうから歩いてきていた。そうだお接待をさせてもらおうと思ったが、ちょうど交差点のところで車を止めることができないので、そのまま行ってしまった。
 
その後、何度かお遍路さんに出会い、お接待をさせてもらおうと思ったがなかなかタイミングが合わない。
 
久万のふるさと村で山つつじ、しゃくなげの花などをみたり、鴨の兄弟が目の前を歩いて行くのを見たりして帰路に着いた。
 
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帰りは昔からある道を通った。お遍路さんが先を歩いているのが見えた。ちょうど車を止めた位置にいるのですぐに渡せる。
 
そうして初めてお接待をさせてもらったのが、行きの道でお接待をしようと思ってできなかったその若者であったというわけです。
 
久万からの帰り、砥部にオープンした坂村真民記念館に寄った。
 
真民さんが愛したというほうの花が飾ってあった。今が丁度開花期のようだ。花も葉っぱのように大きくて上品な白い花だ。
 
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真民さんの日めくりカレンダーと真民さんが大好きだったという酒だねの入った桜あんぱんを買って帰った。やっぱり、食べ物に弱いわたし。
 

4月27日(金)晴れ
 
民宿ー国分寺ー徳島駅ー松山駅ー家
 
前日、朝食はパン食がいいか和食がいいか訊かれてパン食をお願いしていたのでパン食。ホットサンドイッチにサラダ、ヨーグルト、スープ,フルーツ、コーヒー。久しぶりのパン食がありがたい。ボリュームがあったのでホットサンドイッチ一つはラップにくるんでお持ち帰りにする。お接待でおにぎりまで持たせてくださった。
 
7時半に民宿を後にする。
 
近くに小学校があって通学の子どもたちと挨拶をかわす。  
 
にら畑のハウスがいっぱい。トラクターのおじさんが「どこから~?」と声をかけてくれる。いつもの通りちょっと遠慮がちに「松山で~す」と答える。お遍路の地元で、近いので、ついそうなる。
 
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田に水が入るのか小川は水がいっぱい。
 
8時45分、松本太子堂の休憩所にて休憩させてもらう。
近くの人が花を持ってお参りされていた。
 
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戸板島橋を渡る。
 
へんろ石饅頭のお店、気にはなったが横目でみて通りすごすことにする。
 
1時間歩いて10時10分、レジャーセンター巨峰園の隣の今は廃業になっているカフェー前で休憩させてもらうことにする。張ってあるロープをまたいで、上がり口の段になっているところが、いすのようで具合がいい。勝手に入って拝借しました。20分。
 
20分歩いて10じ50分、国分寺到着。参拝。
 
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参拝を終えて休んでいると、K夫妻とマーリがやってきた。
 
もし今日マーリに出会ったら電話番号を渡そうと思っていたので、渡した。よかった。
これで思い残すことはない。安心して松山まで帰れる。
 
納経所の人にここから徳島駅までバスはないかと尋ねたら、あるということで地図を書いてもらっていた。次のバスまで時間があるので、ここで私たちは民宿で用意してもらったおにぎりで昼食としてすますことにする。
 
マーリとK夫妻は近くの食事ができるところに行くというのでここでお別れした。
 
バス停に早めに行こうと15分前になったのでバス停に行き始めてあわてた。「国分通」のバス停まで書いてもらった地図ではすぐ近くに思えたのに、かなり遠いことが分かった。夫の先導で走りに走った。もう間に合わないかもしれないと言いながら、走った。もう死ぬかもしれないと後ろを振り返ったら向こうからバスが来ていた。バスが止まり、私が最後の馬鹿力を出し、ゆっくりステップ台に足をかけて時間をかせぎ、夫が間に合った。ふ~。最後までドタバタのおばかな二人。でも夫がバス停の位置をあの辺だと定め、近道の農道を突っ走って行った時は見直した。さ~すが!65歳と60歳、久しぶりに走りました。しかも重いザックを担いで。
 
徳島駅で、留守をたのんでいたご近所さんへのお土産を買い、高速バスで松山へと帰りました。
 

4月26日(木) 小雨のちくもりのち晴れ
 
宿ー28番大日寺ー民宿喫茶きらく
 
7時30分 宿を出発
 
歩き始めてすぐに、後ろから呼びかけられるような声がして振り向くと、ホテル弁長に泊まったHさんとI さんが道の反対側を歩いてきていた。手を振って返した。何となくうれしい。夫に「なんと言って呼んでいた?」と訊くと「お遍路さ~ん。」と呼んでいたと。な~るほど。お互いに出身地ぐらいしか分からなくて名前を知らないものね。
 
前後しながら歩いて行った。夫ともそうだが、歩くペースはそれぞれなので、並んであるくことはあまりない。
 
雨が少し降り出したのでカッパを着る。海岸沿いを歩いていく。
 
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8時半  10分休憩する。
 
9時半 赤野の休憩所でみんなで休憩。トイレもお借りする。
そこに居合わせた軽トラに乗ったおじさんが、「雨」の詩をあの碑に書いた人は手が使えなくて足で書いたのだと説明してくださる。とてもきれいな字だった。
 
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間もなくK夫妻も到着。昨日、道の駅大山でいっしょになったメンバーが揃ったことになる。昨日初めて合ったメンバーが今日同窓会をしているような雰囲気。
 
10時 栗山映子さんの接待所にみんなで寄らせてもらう。
 
案山子のみなさんが迎えてくださる。
 
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奥のほうへ声を掛けたら栗山映子さんが出てきてくださった。剥いた土佐文旦をだしてくださった。果物がおいしい。いつもお忙しくされている方とおききしたが、今日はお会いできてラッキーだった。30分お話したり、色紙を見せていただいたりした。
 
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夏にはきっとにぎわうのだろうか松林やきれいな海岸を行く。
 
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はまひるがおがきれいに咲いている。
 
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やがて善根宿。中をのぞくとふとんや毛布がきれいにたたまれて重ねてある。女性専用の部屋?もある。テーブルもあり、きっと水やガスも使えるようになっていたかもしれない。
 
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こんな海辺のすばらしい場所にあるところで寝れるなんて最高。夫ではないが、「ここにずっとおりたい。」そうだ。どうぞどうぞ、いつまでもどうぞ。
 
そろそろお昼なのでどこかで食事をしようということになった。
Iさんと、Kさんのご主人さんが、ちょっと見てくるということで先に見に言ってくださった。OKサインがあったのでみんなで行く。
 
結構大きなレストランだ。2階奥の座敷にみんなで座れる。海鮮丼がお勧めだというが、お魚は毎日いただいているので、あっさりとざるそばを注文した。
 
明日は私たちは松山に帰るということで、「お別れ会だね」と言ってくださった。
11時50分から40分間、そこにいた。
 
少し先のところで、IさんとHさんは、今日はここで泊まるということでお別れした。
 
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お別れしてそんなに経たないうちに、入れ違いみたいに、後ろを振り向いたら白人の女性が一人で歩いてくるのが見えた。だんだん近づいてくる。いずれ家に泊まることになったマーリとの出会いである。
 
足にいっぱい豆ができていて痛いので見てみるといって座り込んだ。絆創膏がいっぱい貼ってあって痛々しい。心配で見ていたが先に行ってくれといいうので、マーリをのこしてまた歩き始めた。マーリはすぐに追いついてきた。足の速い男性と歩いて1日30キロから35キロいっしょに歩いたらしい。その副産物のまめ?
 
仏教に興味があって、休暇を使って日本のお遍路に来たとのこと。勤めて何年か働いて2ヶ月の休暇をもらったそうだ。25歳の子を筆頭に3人のこどもがいるということ、みんなまだ勉強中でお金がかかる。日本の円は高い。59歳。自分の師匠は韓国で修行をしてきた人。南アフリカでは座禅とヨガをしていること。日本に来る前に1日4~5キロ歩いて練習してきたこと。南アフリカで女性が一人で歩くのは危ないことなので決心して歩き始めたこと。これから歩いていくお寺でステイして座禅のできるところはないか、とか、いろいろ尋ねてきた。
 
1時半、歩き始めて丁度1時間経ったところで、道の駅やすがあったので休憩することにした。
 
昨日Iさんにいただいた小夏がおいしかったので、文旦と小夏を箱に詰めてもらって自宅に送った。
 
k夫妻とマーリと外のテーブルでおやつを出し合って、話す。小夏を送ったところのおじさんが、なぜか和歌山から送ってきたという大きな清美をくれたのだがそれがすごくおいしかった。
 
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トイレも借りて道の駅には30分いた。彼らはたまたま同じ高知黒潮ホテルに泊まるということだったが、私たちはさらにその先まで歩かなければいけないのであまりゆっくりもできない。
 
1時間歩いて、私たちはマーリを誘ってマルナカで休憩することにする。K夫妻は薬局で何か買うものがあるとかでそこで分かれた。マルナカの中に喫茶コーナーがある。コーヒーを注文。
 
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マーリといろいろ話す。マーリの方で名前を訊いてきた。ずっと後でうち家に寄ったとき見せてくれたが、アイパッドに克明に日記をつけていた。そこに私たちと出会ったこが書いてあったかな。
 
ホテル前でマーリと、またいっしょになったK夫妻と別れる。ホテルは道のすぐ横にあり立派なホテル。露天風呂だか大浴場だとかがあるとバナーがある。それを見て夫が、「僕も広いお風呂に入りたいよ~」とごねる。あんた、お遍路でしょう。贅沢言わないの!
 
マーリと分かれた後、私たちは大日寺へと急ぐ。明日帰るのでできたら今日のうちに大日寺にお参りしておきたい。
 
16時45分、大日寺到着。登りもあって着いたら汗だくだった。大急ぎでザックにしまっておいたさんや袋を取り出して、先に納経長に朱印を押してもらうことにする。
 
その後、ゆっくりお参りする。
 
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山門を出たところで、大きなザックを持った男性と出会う。ここに通夜堂があると聞いてきたので、という野宿をしながら歩いているという男性。下が斜めになっているところや石がごろごろしているところでも寝るのでここはありがたいと言っていた。初めての逆打ち、59歳だと言っていた。
 
民宿喫茶きらくへは5時半頃到着。まず、お風呂をいただく。お風呂場には洗濯機、乾燥機もあり、冷蔵庫には冷たいお茶もあり、お菓子まで用意されていた。
 
喫茶の方で夕食をいただく。竹の子、蕗、蕨などいろんな種類の季節の野菜のおかず。食べきれないほどだ。女将さんが時々話し相手にになってくださる。菅元総理のお遍路の写真が飾ってあった。食後、女将さんが点ててくださったコーヒーがとてもおいしかった。さすが喫茶店だ。
 
部屋に戻って行く時に見た、遠くの夕焼け空が透きとおっていてとてもきれいだった。
 
明日の行程をチェックしてみる。私が事前に立てた30番善楽寺まで行く行程はどうやっても無理だとわかって、明日は国分寺までをゆっくり行って、それから松山に帰ることにした。
 
部屋は中にトイレも洗面所もあって快適だが、二人にはちょっと狭いのが玉に傷。部屋が道路すぐ側にあるので時折、車やバイクの走り去っていく音がちょっと耳に付いたかな。夫は広いお風呂に入りたかっただの、部屋が狭いだのと、ぶつぶつ言っているが放っておくことにする。
 
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夜、床に着いてから、マーリとそのまま分かれたことが気になりだした。遠く南アフリカからわざわざお遍路に来ているマーリに対して何か力になれることがあるのではないかと。夫と相談して、もし、明日どこかでまたマーリに合うようなことがあれば、私の電話番号を知らせて、よかったら松山まで来た時に連絡してもらって泊まることもできると伝えようと。そこに落ち着いてやっと眠りに就いた。
 
座禅のできるお寺を探していたマーリ。夫は毎週日曜日に座禅会に行っている。少しだけ英語の分かる私。やっぱり日本人として、松山にも来るマーリを放っておくわけにはいかない。
 
今日歩いた距離 約23,5キロ  41561歩
 

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